ソフトバンク対イー・アクセス(2005年7月、島田雄貴)

ソフトバンクとイー・アクセスの争奪戦

携帯電話の周波数をめぐるソフトバンクとイー・アクセスの争奪戦の模様について、島田雄貴が報告します。

孫正義社長の激怒と宮川潤一常務の説得

2005年2月8日、総務省が携帯電話用の周波数800メガヘルツ帯を新規事業者には割り当てないと決めた翌日のこと。「携帯電話事業のことは自分に一任してほしい」と訴える通信事業の総帥・ソフトバンクBBの宮川潤一常務の説得をよそに、孫正義社長は激高していた。「おれは武士だ!志を曲げてまで参入するつもりなんかない」「聴聞会であれだけ言ったことが、何ひとつ反映されていないじゃないか。今すぐカウンター撃ってこい」

800メガヘルツ帯の割り当てを求めて行政訴訟

ソフトバンクは携帯電話用周波数の再編に当たり、ドコモとKDDIが保有する800メガヘルツ帯の割り当てを要求。2004年10月には、割り当て方針をめぐり東京地裁に訴訟を起こした。だが、総務省が考え方を覆す可能性はほとんどない。

総務省との融和へ

もし、このまま800メガヘルツ帯にこだわれば、同域帯の再編が終了する2012年を過ぎるまでは携帯電話事業に参入することはできなくなる。「目的は総務省とケンカをすることではなく、1日も早く参入すること。明日から僕が総務省に頭を下げて回るから、孫さんは手を引いてくれ」--宮川常務は孫社長の怒りを遮り、説得を続けた。

1.7ギガヘルツ帯の獲得へ

800メガヘルツで突っ張るか、それとも門戸が開かれている1・7ギガヘルツ帯の獲得に集中するか--。1時間半に及ぶ対峙を経て、孫社長は無言で部屋を飛び出し海外出張へ向かった。

鬼気迫る孫社長

それは、宮川常務へ携帯電話参入の権限が実質的にゆだねられた瞬間でもある。「あのときの顔色は忘れられない。今でも役員会で僕が携帯電話の話をすると孫さんは黙ってこっちをにらんでいる。これで周波数を取れなかったら殺されるな、と思っている」(宮川常務)。

総務省に対する行政訴訟を取り下げ

“一任”を取り付けた宮川常務は、3月には行政訴訟を取り下げ、1・7ギガヘルツ帯の周波数獲得に邁進する体制へ全面的にシフトした。

割り当ての枠は、最大2社
ソフトバンクは、ヤフーBBで500万契約を獲得

総務省による新規事業者への周波数の割り当ては最大2社。早ければ年内にも割り当て先が決定する見通しだ。新規事業者の有力候補であるソフトバンクは、ADSLサービスのヤフーBBで約489万人(6月末)のブロードバンドユーザーを有する、国内最大のADSL事業者。

日本テレコムを買収

さらに、ソフトバンクは、2004年は日本テレコムを買収。個人だけでなく法人顧客の裾野を広げた。

固定電話と携帯電話を一体で提供へ

目下、日本テレコムは直収電話サービス「おとくライン」でNTTユーザーを基本料金の根元から奪い取る作戦を遂行中だ。その先には、固定電話と携帯電話をシームレスに融合させた新しいブロードバンドサービスを指向している。「何がなんでも携帯電話事業をやる」(孫社長)理由はそこにある。

孫正義氏の打倒NTTグループ戦略

ソフトバンクが目指すのは、この融合サービスでもNTTグループを抜き去り、国内ナンバーワンのインフラ事業者になること。

「ドコモを抜かねば意味がない」

ということは、携帯電話事業においても“打倒ドコモ”がキーワードだ。「ドコモを追い抜くビジネスモデルを描けなければ携帯電話事業をやる意味はない」(宮川常務)というのが、孫正義社長だけでなく、ソフトバンク社内の共通認識だ。

ところが、この作戦はハナっから軌道修正を余儀なくされている。

割り当ての帯域は狭い

6月3日に総務省が発表した割り当て方針では、1・7ギガヘルツ帯の割り当ては1社当たり上り下りでそれぞれ5メガヘルツ。割り当て分は、既存事業者が第3世代用に保有している帯域の3分の1以下しかない。

ソフトバンクBBの石原弘・電波制度部長

「電波ビジネスは帯域をどれだけ持っているかが勝負。ドコモは5メガヘルツをデータ専用に使える。新規参入者は音声とデータの両方を5メガヘルツ内でやる必要があり、これでは高速データ通信サービスができない」(ソフトバンクBBの石原弘・電波制度部長)。

250万契約が割り当ての条件

しかも、新規事業者がさらに追加の5メガヘルツの割り当てを受ける条件は1メガ当たり50万会員、つまり250万契約を獲得すること。ソフトバンクと同様に、ADSLサービスを展開するイー・アクセスも1・7ギガヘルツ帯の周波数獲得に名乗りを上げている。

ライバルのイー・アクセスと顧客争奪戦

2社同時参入となれば、NTTドコモ以前にライバルのイー・アクセスと顧客争奪戦を繰り広げることになる。新規事業者同士の戦争になるわけだ。

千本倖生会長が「06年度開始」を宣言

ライバルのイー・アクセスが「2006年度中に事業を開始する」(千本倖生会長)と公言したことで、ソフトバンクの計画も変わった。実は、当初のソフトバンクの事業計画では周波数を割り当てられた後、2年かけて全国基地局網の整備を徹底して推し進め、2007年後半にも音声通話サービスを開始するはずだった。だが、悠長に準備に徹していられない。スタートが遅れた分だけイー・アクセスに顧客獲得の積み上げを許してしまうからだ。

カード“バラまき作戦”で250万会員突破目指す

そこで、新たに苦渋の参入計画“3段ロケット”方式が練られた。
「本当は完璧に全国ネットワークを構築してから参入したかったが、泣き言は言っていられない。2006年度中にヤフーBBの無線LANのお客さんに携帯電話のデータ通信もできるハイブリッドカードを提供する。まずは1日も早く250万契約を突破しなければならない」(宮川常務)。

すでに無線LANで110万契約

なんと、第1段エンジンは音声通話のできないデータ通信カード。一般的な携帯電話とは似ても似つかないものだ。すでに、ソフトバンクグループでは無線LANでインターネットを利用する会員が110万契約を抱える。

携帯電話のデータ通信も使えるハイブリッドカード

その無線LANには平均2~3台のパソコンが接続されており、潜在顧客として200万~300万ある。携帯電話のデータ通信も使えるハイブリッドカードをバラまき、一気に追加割り当て基準をクリアする算段だ。

公衆無線LANサービスを有料へ

準備はすでに始まった。7月1日にソフトバンクはこれまで無料試験サービスしていた公衆無線LANサービスを10月に終了し、商用サービスに切り替えると発表した。これにより公衆無線LANサービスで顧客を広げ、2006年に投入するデータ通信カードの受け皿にする狙いだろう。

データから音声へ

1段目のエンジンはあくまで、5メガヘルツ分の帯域を早期に獲得するための“奇策”。第2段エンジンが当初計画していた音声通話が可能な普通の携帯電話になる。これが姿を現すのは早くても今から2年以上先の2007年後半だ。

短期間で全国ネットワークを作れるか?

とはいえ、既存事業者が10年以上かけて“穴”を埋めながら整備してきた全国網羅のネットワークを、ソフトバンクが短期間で作り上げるのは至難の業だろう。だが、「なんとしても2年で同等のネットワークを作る。ソフトバンクのケータイは使えない、という評判が立つようなことは絶対に防ぐ」と宮川常務は強調する。

iモードやEZwebの囲い込みを開放

そして、本来の目的であるモバイルブロードバンドの世界へ到達する3段目のエンジンが2008年にも出すオリジナルサービスだ。「iモードやEZwebで囲い込んできたコンテンツの世界を開放する。

コンテンツで勝つ

そこでコンテンツ勝負に持ち込めれば、ドコモに勝つシナリオが見える」(宮川常務)--新しい競争環境に持ち込むためには、加速させながら、3段ロケットエンジンを確実に点火させなければならない。

ADSL業者イー・アクセスの戦略

ソフトバンクと同様に1・7ギガヘルツ帯での新規参入を狙うもうひとつの候補、イー・アクセスはソフトバンクより先輩格のADSL事業者だ。しかし、ユーザー数は3月末で185万。同時点のヤフーBBの会員数478万と比べ、大きく水をあけられている。連結売り上げも、ソフトバンクの10分の1程度と小粒だ。

「創業5年で累損を解消し、黒字経営」と千本会長

しかし、千本会長は自信たっぷりに言う。「うちはソフトバンクがADSLで安値攻勢を仕掛けてきたにもかかわらず、創業5年で累損を解消し、黒字経営も定着している。顧客データの流出は1回も起こしていない。そうした経営実績をちゃんと評価してほしい」。

ISPにADSLの回線を卸売り(ホールセール)

イー・アクセスは大手インターネット接続業者(ISP)にADSLの回線を卸売り(ホールセール)するビジネスモデル。ISPを含めた垂直統合型のソフトバンクとは対照的だ。

MVNOとして、裏方で稼ぐ

このホールセールのビジネスモデルとビジネスパートナーは、携帯電話事業にも応用する。すでにイー・アクセスはニフティやソネット等の大手ISPへのホールセールを検討している。つまり、マーケティング上の主役になるのはソネットなどのMVNOであり、イー・アクセスは直販も手掛けるが、基本的には裏方に回るビジネスモデルだ。

イー・アクセスの種野晴夫社長

イー・アクセスの種野晴夫社長は「通信インフラを持たずこれまで市場へ入りたくても入れなかった企業から、MVNOとしてさまざまなビジネスの提案をいただいている」と言う。

「050」で始まるIP電話サービス

ソネットなどの大手ISPの狙いはデータ通信とみられるが、音声通話への関心も高い。大手ISPはブロードバンド接続会員向けに「050」で始まるIP電話サービスを提供している。そのため、「外出時でも050電話を使えるようにするため、IP携帯電話サービスに関心を持っている」(大手ISP首脳)。

日本にはない水平分業モデル

イー・アクセスの携帯電話における水平分業モデルは、日本国内にはなかった。ソフトバンクの剛力が勝つか、MVNOが勝つか。アプローチが違っても目指す両者の第1目標は、250万人の顧客獲得だ。

ソフトバンク社長孫正義

<ソフトバンク社長 孫正義>
1957年8月生まれ。1981年にソフトバンクを創業。パソコンソフト卸・出版を基盤に事業を広げ2001年には高速インターネット事業へ参入。

イー・アクセス会長 千本倖生

<イー・アクセス会長 千本倖生>
1942年9月生まれ。日本電信電話公社を経て1983年に第二電電(現KDDI)を共同創業し、副社長。1999年にイー・アクセスを設立。

<フレッツ・ADSLとイー・アクセスのADSLサービスの比較>
  フレッツ・ADSL イー・アクセスのADSL
提供エリア 広い 狭い
料金 高い 安い
通信速度(下り) 1.5Mbps 640k~8Mbps
モデム レンタルコース
買い取りコース ISPによる
市販モデムコース ISPによる
回線使用料(187円) 不要 必要
対応ISP数 多い 少ない
ISP乗り換え 簡単 難しい

※フレッツ・ADSLとイー・アクセスのADSLサービスの比較(島田雄貴まとめ)

「東名阪バンド」をめぐる争奪戦

10メガヘルツの割り当てを求める

6月3日に総務省が公表した移動体通信向けの周波数割り当て方針の発表を受け、ソフトバンクは「全国バンド5メガヘルツの割り当てでは既存事業者と同等のサービスができない」として、最低10メガヘルツ幅の割り当てを求める意見書を提出した。イー・アクセスも10メガヘルツの割り当てが望ましい、との考えを表明した。

ボーダフォンも割り当てを要求

新規事業者には、全国バンドに加え、通信が最も混み合う東名阪バンドの確保も重要な課題だ。だが、1.7ギガヘルツ帯にはドコモとボーダフォンも割り当てに乗り出している。そのうちドコモは6月末時点で1メガヘルツ当たり68.5万のユーザーがおり、割り当て基準(=75万人)の突破が目前に迫っている。

ドコモがおさえこみへ

全国バンドを新規参入組の2社で取り合う間に、ドコモが東名阪の周波数を続々と押さえていく可能性が高い。新規参入2社が意見書で「東名阪バンドは新規事業者へ優先的に割り当てるべき」と主張するのはその危惧があるからだ。

「こちらにとっても死活問題」とドコモ

だが、ドコモも「第3世代の周波数帯域は逼迫しており、こちらも死活問題」と一歩も譲れない。8月にも正式な割り当てルールが決定するが、新規参入者側の主張が通る可能性は低い。多難な船出となりそうだ。

イー・アクセスとソフトバンク、高速ADSLめぐり対立(2002年7月、島田雄貴)

最大毎秒12メガビットという非対称デジタル加入者線(ADSL)の高速サービスをめぐり、イー・アクセスとソフトバンク・グループが対立している。問題となっているのは、ソフトバンク・グループが採用した「Annex A.ex」と呼ぶADSLの規格。上り専用の26-138キロヘルツの周波数帯域を下り通信にも使い、伝送速度の高速化と長距離化を実現しようというものだが、同方式だと他のADSL回線の上り信号に影響を及ぼす恐れがあるというのだ。

イー・アクセスは、複数の技術が干渉して速度が低下するのを避けるためにADSL事業者が共同でスペクトル管理のルールを作っているのを無視したとして、異例ともいうべき意見書を総務省に提出。これに対し、ソフトバンクの孫正義社長は記者説明会で、「むしろ自社の回線への影響の方が大きい。他社回線への干渉は軽微」と反論。加えて「国際電気通信連合電気通信標準化部門(ITU-I)規格に準拠しており問題はない」と突っぱねた。

こうした両社の対立を受けて、ADSLの規格問題を扱っている情報通信技術委員会(TTC)が調査に乗り出す方針だが、すでにソフトバンク側は8月1日にサービス開始を公表している。事業者間の競争は必要だが、結果的に利用者に被害が及ぶとしたらADSLそのものの信頼性を損なうことになろう。

島田雄貴について

島田雄貴は、通信アナリスト兼ジャーナリストとして、1980年代から世界の通信業界をウォッチしています。調査対象としてきた企業は、NTT、KDDI、ソフトバンク、イー・アクセスなど多岐にわたります。